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May 30 ギブス「君さ・・・我慢強いね。折れてるよ、ちゃんと」
ちょっと意地悪そうな眼をした外科医が、口の端を持ちあげて言う。僕の目は今さっき撮った右手のレントゲンにくぎ付けになる。ウソだろ?だって骨折ってもっと痛いものだろ?触れるだけで体に電流が走るような?少なくとももっとドラマティックな音楽がバックに流れて、それで救急車が出動しなくては。でも写真の中の真っ白な掌の骨は、まるで両手で折ろうとしたけど下側だけつながっている割り箸みたいで、それは「ヒビ」なんて言葉でお茶を濁せるもんじゃなかった。折れてる、ちゃんと。
初めて来た整形外科はお年寄りと主婦でいっぱいだった。なぜ主婦が?きっと運動不足の主婦が家の階段で転んで骨を折るんだ。僕は病院の中だと言うのに、人目もはばからず左手で携帯のキーを打ちまくる。泣きそうな、笑いだしそうな、変なテンションの中で、冗談めかした報告と、本気のSOSメール。『骨折だって(笑)』『キャー!』『とりあえず領収書もらっとけ』僕はちょっと考えた後、彼女にもメールを出した。まだ挨拶に毛が生えたくらいしか喋ったことはないけど、この前はじめてアドレスを交換した子。『やっちゃったよ・・・骨折だって!右手使えないってかなり罰ゲームなんですけど・・・。とりあえず洗濯物がたためないよね(笑)』あざといかな?出してからちょっと思う。でも、まあ、ひとまず助けが欲しいのは本当だ。
右手が使えない生活は想像した以上にサバイバルゲームだった。まずボタンダウンのボタンがとめられない。ネクタイが締められない。勤め先は結構堅いとこだから、Tシャツで通勤ってわけにもいかない。汗だくになって身づくろいをして、満員電車で右手をかばう。財布はいつもと逆の左のポケットに。レジのおつりは店員さんに財布の中に放り込んでもらう。職場の視線がイタい。「まあとにかく体を治すことが先決だから。無理しないでね」っていう大人達の慰め。でも右手に投げられる視線は、「このくそ忙しいのに・・・、その手でパソコン使えんの?」って言ってる。すみません、すみません、でもね、この右手を地面の固さが粉砕する0.5秒前に僕が放ったシュートは、稲妻みたいな軌道を描いてゴールに突き刺さったんですよ?試合も3対2で勝ったんです。名誉の負傷なんですよ?
どうにかこうにか1日を終え、辿り着いた部屋は初めての一人暮らしに浮かれる大学生の部屋みたいに自由に荒れてる。ひとまずカビたパンを捨てて、水槽の水を替えなくては。そう思うのに体が動かない。ギブスに顔を近づけると、プールの更衣室みたいな黴っぽい匂いがする。ビー、ビー、携帯電話が振動する。あの子からのメール。『ウソ!ほんとに骨折?!それは事件だね・・・。無理しないで、早く治るといいね。洗濯がんばってね♥』僕は仰向けにベッドに倒れこんで目を閉じる。華麗に決まったシュートを何度も思い浮かべる。
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